【インタビュー】山形の果樹園からハリウッドのレッドカーペットへ – ホラゲー『FNAF』に人生を焼かれた農家ストリーマー・イシイニキ【前編】

(本文/加藤大樹 撮影/ひがけん)

『Five Nights at Freddy’s』(ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ)。通称『FNAF(フナフ)』と呼ばれるこのホラーゲームに、文字どおり脳を焦がされ、人生ごと取り憑かれてしまったストリーマーがいる。その名は、イシイニキ。

山形県でさくらんぼ農家として畑に立つ一方、配信では『FNAF』を語り、遊び、布教し続ける男だ。『FNAF』への異常なまでの没入は、やがて国境を越える。2025年にはハリウッドで開催された、映画『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ2』のワールドプレミアに招待され、レッドカーペットを歩くという前代未聞の快挙にまで辿り着いた。

なぜ、ひとりの農家ストリーマーが、ここまで『FNAF』に人生を侵食されていったのか。推しタイムズでは、イシイニキ本人へのインタビューを実施。『FNAF』ファンとしての狂気、ストリーマーとしての試行錯誤、そして土に触れる農家としての日常――そのすべてを一本の線で紡いでいく。

なお後編では、サイン入りチェキが当たる読者プレゼント企画も実施予定だ。

『FNAF』とのトラウマ的な出会い

イシイニキ。1992年11月12日生まれ。山形出身。農家、ストリーマー。ホラーゲーム『Five Nights at Freddy’s(FNAF)』に魅了され、ゲーム内の「ピザ屋」を部屋に再現。80年代ピザ屋の着ぐるみをコレクションして共に生活している。日本における『FNAF』の知名度向上を目指しファン活動を通してSNS、YouTubeを中心に継続的な宣伝活動を続けている
・X(旧:Twitter)
・YouTube

――いまでこそ『FNAF』に大ハマリしていますけど、もともとは得意なジャンルじゃなかったんですよね。

はい、大きな動物やモンスターの様なモコモコの着ぐるみが苦手で、着ぐるみたちが子どもに優しいのは分かっていますけど、「もし彼らが怒って襲ってきたら本当に怖いだろうな……」という、子ども特有である謎の想像力が働いてトラウマでした。教育番組で見かけたらすぐにテレビを消していました。『FNAF』って、まさにそんな着ぐるみのキャラクターが襲ってくるゲームじゃないですか。最初に目にした時は「想像が現実になった!」って怯えていました(笑)。

――もう恐怖でしかないですよね。そんなホラーゲームを、どうしてプレイしようと思ったんですか。

『FNAF』が発売された2014年、僕はニコニコ動画の生放送(ニコ生)で配信をしていたんです。当時、ゾンビが好きでゾンビゲームを好んでプレイしていたんですけど、ここで逆に「苦手なものをあえてやったほうが面白くなるんじゃないか」と考えたんですよね。実際にプレイしてみると、ゲーム内には文章がほとんど出てこない、電話の音声は英語な上に字幕すらない、エンディング映像もないいんです。ストーリーが全然わからなくて、「なんだこの不自由なゲームは!」って。

――説明がほとんどないからこそ、怖さが増幅される作品ですよね

そうなんです。でも、だからこそ自分で考察する楽しさがありました。ゲーム内にはポスターが貼られてるんですけど、たまに「事件の新聞記事」に置き換わっている。そのポスターをスクリーンショットして翻訳にかけることで、少しずつ背景が見えてくるんです。なぜピザ屋の着ぐるみが人を襲うのか、行方不明になった子どもたちが霊となって取り憑いているんじゃないかとか。逆に英語が分からないことで「海外のピザ屋で英語も分からず働いているバイト」みたいな気分にもなれて楽しかったです

――翻訳するという一手間が、新しい発見につながっていく。

プレイ中は、「なんでピザ屋にロボットがいるんだろう?」と思っていました。調べていくと、アメリカには「Showbiz Pizza」や「Chuck E Cheese」など、そういうお店があったという事実にたどり着いいたんです。そこから、実際のピザ屋で売られていた「ぬいぐるみ」や「提供されていたプラスチックのお皿」、「お面が付いた子どもの誕生日の招待状」、「名前も知らない家族写真」などを海外オークションで落札しました。ネオンサインやアメリカンダイナーの家具など、80年代アメリカの文化そのものが不思議と魅力的に見えてきたんです。

――そうやって、少しずつハマっていったんですね。ゲームグッズも集めるようになった?

それが、日本での『FNAF』展開は本当に遅くて……。今でこそ映画が公開され日本中の映画館や小売店でグッズが並んでいたりポップアップストアが開催されていますけど、2019年くらいまでは、ヴィレッジヴァンガードの片隅に小さなコーナーがある程度でした。あるとき、東京・日の出方面にグッズが置いてあると聞いて行ったことがあるんです。そこの店長さんと会話して、「『FNAF』は今後、絶対に人気が出ますよ!」と力説したこともあります。向こうからしたら、「お前は誰なんだよ」ですよね(笑)。

――営業をかけている……!

それから、ひとりで情報を追うのは限界があるなと思って、有志で協力しようと呼びかけました。「『FNAF』グッズを見つけたら、僕に連絡してください」って。見つかった場所はGoogleマップにピンを刺して「日本FNAFグッズマップ」を作成し共有していったんですけど、意外にも沖縄に多かったですね。やっぱりアメリカの子どもたちがいるからだと思います。

――完全にコミュニティが形成されていますね。

「Googleマップを見て、自分の地元にもグッズがある事を知って買いに行きました!」と言われたときは、本当にうれしかったです!

ファンから“公式に認知される側”へ

――それが、いまや公式サイドからも声がかかるようになりましたね。

3年前、日本で初めて『FNAF』のポップアップストアが開催されるときに、ストア側から「イシイニキの歴代『FNAF』コレクション」を展示したいと声をかけていただきました。初めて「公式側に認知された」と実瞬間でしたね。

――映画『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ』(日本では2024年2月公開)のパンフレットにも寄稿していましたよね。

はい。「ファン目線で400字程度の映画レビューをお願いします」という依頼でした。実際のパンフレットには、8ページ掲載されましたけど(笑)。

――400字が8ページに……どうしてそうなったんですか?

パンフレットの打ち合わせがあったんですけど、13時30分から14時までの打ち合わせ予定のはずが、気付いたら17時を過ぎていて、結局4時間以上も経っていました。映画の小ネタはもちろん、その小ネタがなぜ熱いのかを伝えるため、『FNAF』について一から語ってしまったんですよ。それを文字に起こしたら約4万字になったので、「全部載せたほうが魅力が伝わるんじゃないか」と言われまして……(笑)。

――熱量が半端じゃないなあ。ということは、映画『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ2』(2026年1月23日公開)のパンフレットも?

今回も寄稿させていただきました! 作中の小ネタを取り扱ったり、「前作のあらすじや魅力」、「劇中で使われている音楽を数曲ピックアップして、その元ネタを解説」したり、6ページほど掲載されています。

そして、ありがたいことに2月7日、渋谷HUMAXシネマにて登壇イベントを開催することになりました! ニコニコ動画時代に「『FNAF』映画がもし日本でも公開されたら、登壇イベントでトークショーを開きたい!」と語っていたんですけど、ついに実現します! これも『FNAF』とファンのみなさんのおかげだと思います!

苦節11年、ハリウッドのレッドカーペットへ

――昨年、ハリウッドで行われた「ワールドプレミア」に招待され、レッドカーペットも歩いたそうですね。

歩きました。苦節11年……ついにここまで来たな、という感じでした。

(レッドカーペット会場に設置された「ファズベアーズ・ピザ」ジオラマフォトブースにて

――「レッドカーペットを歩いてください」って、事前に連絡が来るものなんですか?

最初は映画の配給会社さんから、ワールドプレミア(世界最速先行試写会)への招待が来ただけでした。後日送られてきたスケジュールに「レッドカーペットの時間帯」と書いてあって、「これは僕が歩くのか? それとも有名人にサインを求めたり、脇でカメラマンが撮影したりしている場所に行けるだけなのかな?」と、最後までよくわからないままアメリカに飛びました。

――不安なアメリカ編スタート……。

旅費もホテルも全部向こうに手配してもらっていたんですけど、着いたその日に「当日はフォーマルな衣装でお越しください」と連絡が来たんですよ。でも、僕にはいつものこの格好しかなくて血の気が引きましたね。

いつもの格好

――現地でスーツ調達はなかなか厳しい。

一緒に呼ばれていたほかの『FNAF』インフルエンサーの方たちに相談したら、「イシイニキはそのままでいいよ!!」と言ってもらえて。「チャンネル登録数300万人の方が言うなら、それが免罪符 だ!」と、そのままの格好で行きました(笑)。

――当日はどんな流れだったんですか。

黒塗りのリムジンが手配され、ホテルからハリウッドのブロードウェイ会場に向かい、現地では受け付けで黄色い封筒を渡されました。会場では有名な『FNAF』ソングを手掛けるミュージシャンの方々がDJをしていて、『FNAF』ソングメドレーを流していたり、『FNAF』モチーフの立食があったり。

――完全にパーティですね。

しばらくすると、みんな時間を気にしはじめだしたんです。会場からも人が減り始めて「もしかして、これからレッドカーペットが始まるのかな」と。

――まだ確信はない(笑)。

コワモテのSPたちがすごい真顔で列を振り分けていました。英語で「黄色い封筒を持っている人は手を挙げて」と言っていたので見せにいったら、「ユー、イシイニキ?」と問いかけられたので、テンパって「はい! あっYes!!」と言っちゃって。そうしたら、SPたちが「コイツ日本から来たんだよ!」「マジかよ!?」みたいな反応をしていて、そのままレッドカーペットの列に誘導されました。

――周りは正装ばかりですよね。

格好良い『FNAF』の刺繍が施されたスーツを着たり、スーツの胸ポケットにワンポイントでぬいぐるみを入れていたり、この日のために仕立てたであろう『FNAF』モチーフのドレスで写真撮影している女性たちがいたりしました。僕だけ、ウィザードチカの頭部を手にリュックを背負って腰にぬいぐるみを巻くという格好でしたね。。

――目立つな~。レッドカーペットを歩いたのは何人くらいですか?

役者・声優の方が20人ほど、インフルエンサーが30人ほどで、約50人くらいですね。日本人は僕だけでした。

――すごい! 快挙ですね。

みんなキリッとして歩く中、僕だけニコニコしていて(笑)。レッドカーペットを撮影するベテランのカメラマンが大笑いしていたのが印象的でした。プレミアの様子を伝えるYouTubeチャンネル「ScreenSlam」では、FNAF2イベントの動画に僕がサムネイルに使われていて、それもすごくうれしかったです。

――最高の経験ですね。先行試写会のあとはどうしたんですか?

アフターパーティが行われました。本来なら招待された人は「ワールドプレミア」の会場からリムジンで向かうんですけど、僕だけ英語を理解していなかったんですよ。なので、この服装でひとりブロードウェイをトコトコ20分くらいかけて向かいました(笑)。

――喜びのあとに苦難が……。アフターパーティではどう過ごしたんですか?

あらかじめもらった黄色い封筒は、役者さんたちとお話が出来るVIPルームに入れるチケットでもあったみたいなんです。パーティでは、翻訳機を使い映画の役者やゲーム版の声優、ゲーム開発者の方たちと会話をしました、アビー役のパイパー・ルビオさんが、僕の持っているウィザードチカを見て「チカー!」と声をかけてくれたのも忘れられません。スーツケースに入れて持ってきた甲斐がありました!

【イシイニキ活動歴】
■「ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ」公式パンフレット
「FNAFに取り憑かれたファンによるサバイバルガイド」8ページ執筆・掲載
■『ファイブ・ナイツ・アット・フレディーズ 2』公式パンフレット
「FNAFに憑り付かれたファンによる続・サバイバルガイド」「前作あらすじと魅力」「挿入歌」を執筆掲載
■2024年の東京ゲームショーでは日本初パッケージ版となる『Five Nights at Freddy’s: Help Wanted 2』の体験試遊ブースのアンバサダーを務めパッケージ版にて「イシイニキ監修 ファズベアーズ・ジョブオファー(採用内定)エディション」を手掛ける
■アメリカ・ロサンゼルスブロードウェイで開催された映画『Five Nights at Freddy’s 2』ワールドプレミアに正式招待され日本ファン代表としてレッドカーペットを歩いた
■TV出演歴
『DEEPな店の常連さんに密着イキスギさんについてった』(TBS)

後編はコチラ (2月7日公開予定)

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加藤 大樹

加藤大樹。1987年9月11日生まれ。茨城県出身。2007年、ニコニコ動画でゲーム実況グループ「ゆとり組」として活動。ゲーム実況をきっかけに出版の道へ進み、著書『プリキュアシンドローム!』(幻冬舎)などを上梓。WEBメディア「マイナビニュース」の編集者・ライター・広告制作ディレクターなどを経て、現在フリー編集・ライターとして活動。TV出演、イベントMCなどでも活躍中。