
大阪・難波の「なんばマルイ」(大阪市)にて、『マクロス』シリーズなどで知られるイラストレーター・美樹本晴彦さんの巡回展「美樹本晴彦画集『MACROSS』展〜合唱〜」が開催中。これを記念し去る9月6日、映画館「キノシネマ心斎橋」にてトークイベントが実施されました。
イベント中は観客からの質問タイムもあり、『マクロス』シリーズや美樹本先生の制作にまつわる姿勢など、思わぬエピソードも続々。約90分のイベント模様を、レポートでご紹介します。(取材・文/つちだ四郎)
『マクロス』ワールドに浸れる巡回展
デジタル技術とフィジカルアートを融合したアートブランド「GAAAT(ガート)」を運営する「株式会社GAAAT」(本社:東京都台東区)が8月13日から9月9日まで開催した同展。東京、神奈川に次ぎ第3弾となる大阪会場からは過去最大となる展示数と新作を揃え、美麗な作品とともに『マクロス』の世界観に浸れる展示でした。
今回は準備期間が短期間ということで、美樹本さんは「僕よりもGAAATさんの方がキツい状況だったのでは。描き下ろしではないので一部修正や簡単な直しが多く、五月雨式に送ってどんどん作っていただく形なので、現場の方は大変だったと思います」と話しつつ、「その甲斐あって、非常に新鮮な気持ちで見ることができました」と振り返りました。
また、美樹本さんが画集を出すのは約8年ぶりのこと。画集の見どころを聞かれた美樹本さんは、「画集は買って欲しいけど、見て欲しくはない(笑)。自分が照れくさいというのもありますし、40年も経っているとなるとさすがにキツいなあと。ただ、当時の絵柄は変えないように、かなり細かい修正を入れてます。今見ても遜色はないように入れたつもりです。でも自分としては、40年ぶりの恥という感じです」とユーモラスに語りました。
キャラクター作りやイラスト制作秘話を振り返る
同展では40年以上にわたる『マクロス』シリーズの350点のイラストにくわえ、2025年3月に発刊された画集『美樹本晴彦画集『MACROSS』から10点を厳選、「メタルキャンバスアート」という同社独自の技法でアート化した作品も展示しました。
トークイベントでは、メタルキャンバスアートとして新たな姿を見せる作品を通して、元となった作品の制作エピソードを振り返る時間も。
『マクロス7』のリマスター版DVDボックス用に描き下ろされた絵を元にした『銀河に響け』についてのトークでは、「どのキャラクターが一番難しいか」と聞かれた美樹本さんが、「苦戦したのは(主人公の)バサラかな。原案で描いた時は主人公ぽい、熱い感じで描いてたんですが、アニメ版のキャラはサングラスを外すと意外と涼しい目をしていて。これは面白いなと思ったんですが、まだ描き慣れていない頃だったので雰囲気を捉えきれず、難しかったです」と当時の苦労を明かしました。
また、『キュート!』は1983年にアニメ雑誌『アニメージュ』にて掲載された『超時空要塞マクロス』のリン・ミンメイのイラストが元となっています。「たぶん、相当煮詰まっていた頃。何を描いていいか分からないし、時間もなかったと思います。だから一発でインパクトのあるものを描く必要がありました」と美樹本さん。ミンメイのポージングが特徴的な作品ですが、「アイドル雑誌を毎月のように資料として買い込んでいたので、そのあたりを参考にしたんだと思います」と語りました。
『超時空要塞マクロス』のリン・ミンメイ、そのモデルは?
そして中盤からは、会場に集まったファンから美樹本さんへの質問コーナーが始まりました。「基本的にはなんでもOKです」ということで、会場では一斉に手が上がりました。
一番手となった男性は、「リン・ミンメイにモデルはいるのでしょうか」と質問。美樹本さんは「それはあまりないんですけど・・・」とモデルの存在を否定しつつ、「現代は男女間の関係性やルールのようなものがかなり変わってきてると思うんですが、当時は『アッシー』や『メッシー』という言葉が流行ったように、『自分を想ってくれる男の子をいいように使う女の子』というケースがあって。男の子からすると『一杯食わされた』という感覚なんでしょうが、それって言いがかりというか的外れな話なんですよね。何か一緒にどうこうしたら付き合わなきゃいけない、というルールはないですし」と当時の男女間事情を分析。
そして、「その辺のギャップのようなものをうまく表現できたら、キャラとして面白いんじゃないかというのは当時テレビ放送が始まる前から話をしていました。例えば、『愛は流れる』の回で(一条)輝がミンメイに告白するわけですけど、ミンメイからすると『そんなつもりは全くなかった』っていう。ハタから見てそんな馬鹿な!と思うじゃないですか。でも、女性の方は多少気配を感じてても、直接のアプローチがなければそれは無いも一緒だし、という捉え方も人によってはあるかもしれません。そういう雰囲気がちょっとでも出せれば面白いかなという感じで書いてたキャラですね」とミンメイのキャラクター設定を語り、1人目の質問から濃い内容となりました。
ヒットを狙うよりも強かった「面白いことをしたい」という思い
『マクロス』シリーズをはじめとし、ファンの質問に対して熱心に回答する美樹本さん
続いて「キャラクターが出来上がる際に感じることを教えてください」という質問には、同じく『超時空要塞マクロス』のミンメイと、ヒロイン・早瀬未沙の関係を挙げ、「当時は若いこともあり、商売っ気もなかったので『視聴者を騙してやろうぜ!』みたいな話はよくしていましたね。要は、ミンメイをヒロインだと思わせておいて、実は未沙がヒロインだよっていう。そういう騙しの構造っていうのは割と初期から話していました」と明かしました。
結果的に大ヒット作品となった同作ですが、「ヒットさせたいというより、面白いことをやって、楽しく作れればという気持ちの方が強かったですね」と当時の心境を振り返りました。
話題は『ポケットの中の戦争』に
質問はまだまだ続き、今度は美樹本さんがキャラクターデザインを手がけた『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』の話題に。「物語を全て聞いた上でキャラクターデザインをしているのでしょうか」という質問に、美樹本さんは「たぶんキャラクターを描き始めたときはストーリー全体は決まってなかったと思います。大筋は決まっていましたが」と回答。
質問者が「『マクロス』でも同じような流れなのでしょうか」と続けて尋ねると、「断片的なアイデアは、『スタジオぬえ』や河森(正治)くんからも出ていました。『愛は流れる』で歌をああいう形に使うというアイデアは、河森くんが途中で思いついたんだと思います。途中まで彼は『どうやってケリをつけるか』ということを考えてた時期があったはずです」と話しました。
さらに話は再び『ポケットの中の戦争』に戻り、「本当にキャラクターを勉強させていただいた期間でしたね。サイクロプス隊の隊員なんかは、本当に制作の方や出渕(裕)さんから『この映画のこの役者の雰囲気はどうだ』みたいな感じでアドバイスをもらいました。高山(文彦)監督からは『年寄りのシワっていうのは、年とともにだんだん垂れてくるから、こういうところにシワが入るんだ』など、基本的な書き方みたいなものを教わりながら書きました。だからといって当時、上手く書けたわけじゃなくて。でもあの時に色々と教わったことが、だんだん年とともに身についてきて、最近はおじさんを描くのも嫌いじゃないですね」と当時をしみじみと振り返りました。
休載中の漫画に対する質問も
また、2019年から連載休止中の『超時空要塞マクロス』のコミックス版『超時空要塞マクロス THE FIRST』の今後について直撃するファンも。
美樹本さんは、「あれはね僕だけの事情じゃなくて、色々事情が絡んでいるので説明が難しいです。それが解決したり、条件が揃えば再開はしたいとは思ってますけれど、今のところちょっと難しそうですね。それで言ったら、むしろ角川書店さんのガンダムの漫画の方が再開しやすいかもしれません。あれは僕さえ時間を作れば再開できるので。ただ、どちらもすぐというわけにはいかない状況です」と、同じく休載中の作品『機動戦士ガンダム エコール・デュ・シエル』にも言及しました。
約60分間の質問コーナーは大盛況
約60分、トークイベントの大半を占めた質問コーナーは大盛り上がり。美樹本さんや『マクロス』シリーズの作品の熱烈なファンが質問をしようと次々と手を挙げ、なかには「いつもいいものを見せていただき、ありがとうございます」と感無量な様子で想いを伝える人も。
最終的には最後に質問する権利を賭けて観客同士でじゃんけんをする一幕もあり、いかに作品愛に溢れたファンが多いかがうかがえました。
そしてイベントのラストは、美樹本さんが「私の雑なお話にお付き合いいただきありがとうございました。私自身はイラストで関わることがあるかもしれませんが、『マクロス』シリーズはまだ続きますので、ぜひ継続して応援していただければ。先程質問がありましたが、漫画に関してはどうなるか分からない状態で、再開の目処は立っていませんが、もし再開すればぜひとも読んでいただければと思います。あ、ついでに『ガンダム』の方もよろしくお願いします!」と笑いを交えて締めくくり、大きな拍手とともに終わりました。